承継した会社の未払い残業代と労務の不備。100日のうちに確かめる順番

- 賃金の請求権の時効は当分の間3年です。100日のうちに、直近3年分の賃金台帳・勤怠・36協定を照らし合わせます。
- 2024年度に長時間労働の疑いで監督指導を受けた26,512事業場のうち、42.4%に違法な時間外労働がありました。
- 中小企業では、月60時間を超える残業の割増率が2023年4月から50%以上です。古い規程のままなら不足が出ている可能性があります。
譲り受けた会社の勤怠を見ていくと、残業代の計算や36協定の届出に不備が見つかることがあります。対応をうやむやにして、キーパーソンが離職した例もあります。この記事では、どこまでさかのぼって何を確かめ、100日のうちに何を決めるかを整理します。
承継のあとに、労務のどこで不備が見つかるか
中小PMIガイドラインは人事・労務分野の1つ目のゴールに、法令遵守が不十分なら是正して徹底することを挙げています(P.100)。ガイドラインは労働条件通知書、36協定、社会保険、残業代、有給休暇などを確かめる先に挙げています。
ガイドラインの発展編には、管理機能の1つとして人事・労務分野があります(P.100〜105)。取組のゴールは4つです。法令遵守の不備を正す、双方の従業員が納得できる規程を整える、個別の労働契約の不備を正す、組織と人の配置を見直す、の4つです。
同じページに、失敗例が3つ載っています(P.100)。
- 重大な法令違反が見つかって社外に知れ渡り、譲り受けた側と譲り渡した側の両方の評判が下がった。
- 従業員が不満を持っていた賃金体系や人事評価をそのまま残し、多くの従業員が一斉に離職した。
- 未払いの賃金や、消化していない有給休暇への対応をうやむやにし、キーパーソンが離職した。
3つ目の例では、未払いへの対応を決めなかったことが、キーパーソンの離職につながっています。
ガイドラインが具体的な取組として挙げる確認先は、次のとおりです(P.101〜103)。
| 確かめる所 | 不備の例 | ガイドラインの対応 |
|---|---|---|
| 労働条件通知書 | 交付していない | 労働基準法第15条第1項違反のおそれ。速やかに交付する |
| 36協定などの労使協定 | 結んでいない、届け出ていない | 第36条違反のおそれ。監督署への照会も使い、締結と届出をする |
| 社会保険と労働保険 | 加入していない、資格取得届が出ていない | 新規加入を含め、速やかに手続きする |
| 残業代などの賃金 | 未払いが残っている | 把握した金額を支払うなどの対応をする |
| 有給休暇 | 消化していない日数が残っている | 消化を促す。清算する場合は第39条の趣旨に沿って行う |
未払いの残業代は、どこまでさかのぼるか
賃金の請求権は支払日から3年で時効になります。法律の本則は5年で、当分の間は3年とされています(厚生労働省のリーフレット)。100日のうちに確かめる範囲も、まず直近3年分と考えます。
2020年4月の労働基準法の改正で、賃金請求権の時効は2年から5年に延びました。ただし当分の間は3年とされています。対象は、2020年4月1日以降に支払日が来る賃金です。賃金台帳などの記録の保存期間と、付加金を請求できる期間も、同じく当分の間は3年です。
厚生労働省の労働条件のQ&Aは、割増賃金の計算の基礎に入れるべき手当が入っていなかった場合、監督署から勧告される遡及の是正が2年から3年になり、多額になることがあると注意しています。残業代の不足は時間の記録の漏れだけでなく、計算の基礎の誤りからも生まれます。
監督署が扱う賃金不払いの件数は、少なくありません。厚生労働省によると、2024年に全国の労働基準監督署が扱った賃金不払い事案は22,354件、対象の労働者は185,197人、金額は172億1,113万円でした。このうち21,495件(96.2%)は、監督署の指導で使用者が支払って解決しています。
残業代を確かめるときに見る書類
3年分の書類を、次の順で照らし合わせます。
- 賃金台帳。 残業代として払った時間と金額を拾います。
- 勤怠の記録。 タイムカードや勤怠のシステムの時間と、1の時間を比べます。差があれば、未払いの候補です。
- 就業規則と賃金規程。 割増賃金の計算に入れている手当と、入れていない手当を書き出します。
- 36協定の控え。 結んだ時期、届け出た日、上限の時間を確かめ、2の実績が上限の中に収まっているかを見ます。
勤怠の記録が無い、または実態と合わない会社もあります。ガイドラインは基礎編で、規程や帳票が無い、または実態と乖離していることがあると書いています(P.53)。記録が足りないときは、本人への聞き取りで補うことになります。

長時間労働は、どれくらい見つかっているか
厚生労働省が長時間労働の疑われる事業場を調べた結果では、4割を超える事業場で違法な時間外労働が見つかっています。承継した会社の残業が多いときは、上限の規制に照らして確かめます。
厚生労働省は、時間外・休日労働が月80時間を超えると考えられる事業場などを対象に、2024年度に26,512事業場へ監督指導を行いました。違法な時間外労働があったのは11,230事業場(42.4%)、賃金不払残業があったのは2,118事業場(8.0%)でした。労働時間の把握が適切でないとして指導を受けた事業場は4,016事業場(15.1%)です。長時間労働が疑われる事業場を選んで調べた結果なので、中小企業全体の割合として読むことはできません。
ガイドラインは働き方改革関連法の主な内容を、コラムで次の4つにまとめています(P.104)。
| 決まり | 中身 | 中小企業への適用 |
|---|---|---|
| 時間外労働の上限 | 原則は月45時間・年360時間。特別な事情があっても年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間以内。月45時間を超えられるのは年6回まで | 2020年4月から |
| 年5日の有給休暇 | 年10日以上付与する労働者に、毎年5日を確実に取らせる | 2019年4月から |
| 公正な待遇 | 正規と非正規の間で、不合理な待遇の差を設けない | 2021年4月から |
| 割増賃金率 | 月60時間を超える時間外労働は50%以上 | 2023年4月から |
月60時間を超える残業の割増率は、中小企業では2023年4月から50%以上になりました。それより前の規程のまま給与を計算している会社では、2023年4月以降の分に不足が出ている可能性があります。
長時間労働が続いている会社について、ガイドラインは、従業員の個別の事情だけでなく構造的な原因も探し、業務の流れや配分の見直し、人員の補充を早急に行うよう求めています(P.103)。改善を従業員に任せず、経営陣の課題として扱う、とも書いています。
承継の方法で、労働契約の扱いはどう変わるか
株式譲渡なら、労働契約はそのまま続きます。事業譲渡では、従業員一人ひとりの承諾が要ります(P.105)。会社分割と合併では、労働条件もそのまま引き継がれます。
ガイドラインのコラムは承継の方法ごとの違いを整理しています(P.105)。
- 株式譲渡。 使用者も従業員も変わらないので、労働契約は原則そのまま続きます。それでも、これまでの課題に手をつける機会として、人事・労務を見直すことが望ましいとされています。
- 事業譲渡。 労働契約を引き継ぐには、従業員個別の承諾が必要です(民法第625条第1項)。引き継ぐ前に、労働条件や退職金を含めて十分に説明し、協議します。
- 会社分割。 労働契約承継法の手続きとスケジュールに沿って進めます。承継される労働契約は、労働条件もそのまま引き継がれます。
- 合併。 権利義務の全部が包括的に承継され、労働条件もそのまま引き継がれます。
会社分割と合併では、引き継いだ労働条件を譲り受ける側の条件に合わせて変えると、不利益変更に当たることがあります。ガイドラインもこの点に注意を促しています。
就業規則と賃金体系は、いつ変えるか
就業規則や賃金体系は、100日のうちに急いで変えないほうが安全です。ガイドラインは、一定期間は現状の水準を維持すると合意する例も挙げています(P.102)。
ガイドラインは就業規則(労働基準法第89条)をはじめとする規程類について、等級、賃金体系、労働時間の管理、人事評価、退職金などの見直しを挙げています(P.102)。同時に、労働条件の不利益変更を伴う場合など「機微に触れる部分」(P.102)であるとして、変えるかどうか、いつ変えるかを含めて慎重に検討するよう書いています。
100日のうちは法令に違反している部分を正すことを先に進めます。違反ではないが従業員が不満を持っている制度は、聞き取りで不満の中身を確かめてから、1年の計画の中で見直します。P.100 の失敗例のとおり、不満のある制度をそのまま残すと離職につながります。急いで変えても、不利益変更の問題が起きます。聞き取りと見直しの時期を従業員に伝えておくと、どちらの失敗も避けやすくなります。
新しい規程を整えたら、一方的に通知するだけでなく、説明会や個別の説明で理解してもらうよう、ガイドラインは書いています(P.102)。
100日のうちに決めること
未払いの有無と金額の把握、36協定と保険の手続き、払う時期の決定は、100日のうちに済ませます。規程の見直しは100日目の見直しで1年の計画に回します。
100日のうちに確かめることを、チェックリストにまとめます。
- 全従業員に労働条件通知書を交付しているか、控えで確かめた。
- 36協定を結び、監督署に届け出ているか、控えで確かめた。
- 社会保険と労働保険に、加入すべき人が全員加入している。
- 直近3年分の賃金台帳と勤怠の記録を照らし合わせた。
- 割増賃金の計算の基礎に入れる手当を、規程と実際の計算で確かめた。
- 月60時間を超える残業に、50%以上の割増率を当てている。
- 未払いが見つかった場合、金額と、払う時期と、従業員への伝え方を決めた。
- 消化していない有給休暇の日数を把握し、消化を促す計画を立てた。
社内だけで判断が難しい項目は、所轄の労働基準監督署への照会や、社会保険労務士などの専門家への相談を使います。ガイドラインも36協定の不備について、監督署への照会や、譲り渡す側の担当者が行ってきた手続きの確認を挙げています(P.101)。
未払いが見つかったときは、金額の大小にかかわらず、従業員に説明する順番を決めておきます。ガイドラインの失敗例のとおり、うやむやにすると、残ってほしい人から辞めていきます。
出典
- 中小PMIガイドライン(中小企業庁、令和4年3月)P.53、P.100〜105 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
- 未払賃金が請求できる期間などが延長されています(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署、リーフレット)P.1 https://www.mhlw.go.jp/content/000617974.pdf
- 賃金請求権の消滅時効は、どのように変更されたのでしょうか?(厚生労働省「確かめよう労働条件」Q&A) https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/qa/roudousya/chingin/q9.html
- 賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和6年)を公表します(厚生労働省、令和7年8月7日) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60431.html
- 長時間労働が疑われる事業場に対する令和6年度の監督指導結果を公表します(厚生労働省、令和7年7月30日) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59983.html
この記事の作り方:中小企業庁などの公的な資料を読み、記載のページを確かめて書いています。下書きには生成AIを使い、編集部が資料と照らし合わせて確認しています。制度は改定されることがあるため、手続きの前には必ず原典と窓口でご確認ください。


